第16章 "化学的硬化法 "

(1)低炭素鋼

低炭素鋼(通常肌焼鋼と云っています)の表面にCを浸透拡散させ、高炭素としたのち、これを焼入れして表面を硬くする方法を浸炭と呼んでいます。浸炭焼入れには固体浸炭、液体浸炭、ガス浸炭の3種類がありますが、色々な理由から現状ではガス浸炭焼入れが主流です。いずれの場合も、表面が硬く内部が軟らかいため、耐摩耗性、耐疲労性に優れています。使用鋼は一般的に低炭素鋼が用いられ、次のような条件を満たしていることが必要です。

@浸炭温度に加熱した際、結晶粒の粗大化を起こさないこと。

A硬化層の硬さが高く、耐摩耗、耐疲労、高じん性を有すること。

B内部の被硬化部においても、結晶粒が粗大化せず、高じん性を有すること。

C浸炭を阻害する元素が少なく、遊離の炭化物を作る元素が含まれていないこと。

D加工性が良く、価額も安いことなどが挙げられます。

(2)固体浸炭(HCS)

固体浸炭は、浸炭箱に処理品と木炭を主成分とした浸炭剤を積め、ふたで密閉をして行う処理です。この方法は各種の浸炭法の中で最も歴史が古く、炉の設備や作業法も簡単ですが、常に品質を一定に保つことが難しく、また、作業環境も悪いことから現在ではあまり行われていません。浸炭機構は基本的には、ガス浸炭の場合と同じです。箱内に詰められた浸炭剤は箱内に存在する酸素と反応し、炭酸ガス(CO2)となり、さらにCO2は炭素と反応して、一酸化炭素(CO)となります。

C+O2→CO2

C+CO2⇔2CO

このCが鋼の表面で分解して(C)となります。この(C)は通常のCと異なり、活性化炭素と云っています。実際には

Fe+2CO→[Fe−C]+CO2

によって浸炭が行われます。

(3)液体浸炭(HCL)

青酸カリ、青酸ソーダなど青化物を主成分とする塩浴を用い、約900℃に加熱した浴中に処理品を浸漬して浸炭します。浸炭層のコントロールは処理時間と温度によって行い、低温で短時間の場合は薄い浸炭層が、また、高温で長時間になると厚い浸炭層が得られます。しかしながら、シアン公害の問題から最近では斜陽傾向にあり、シアンを含まない液体浸炭も開発されています。

(4)ガス浸炭(HCG)

天然ガス、都市ガス、プロパン、ブタンガスなど変成した浸炭性ガスあるいは液体を滴下し発生した浸炭性ガス中で処理品を加熱し、浸炭を行う方法です。ガス浸炭には一般的なガス浸炭の他真空炉を用いた真空浸炭、プラズマを利用したプラズマ浸炭(イオン浸炭とも云っています)、また、メタノールなどの液体を浸炭炉内に滴下し、その分解ガスによって浸炭を行う滴注式浸炭法などがあります。現在では特別な場合を除き、品質管理、生産性、公害などの観点から、このガス浸炭法が汎用されています。浸炭機構は固体浸炭の場合と同様です。ガス浸炭処理で最も留意すべき点は粒界酸化の問題です。できるだけ粒界酸化を防ぎ、また、残留オーステナイトの生成を抑えることが大切です。従来の浸炭は表面の炭素濃度を共析組成(0.78%)とし、焼入れによって得られたマルテンサイトにより耐摩耗性の改善を図っていましたが、この状態では、摩擦熱による温度上昇や高い温度雰囲気中で使用する場合などは、軟化現象が生じ寿命が低下することがあります。このような現象を防止する目的から、表面近傍の炭素濃度を3%前後まで上昇させ、球状化して分散させた炭化物分散浸炭なども行われています。

(5)浸炭窒化

浸炭と同時に窒化処理も行う方法です。古くは青酸ナトリウム(NaCN)や青酸カリ(KCN)を主成分とする塩浴を用い、750〜850℃で処理していたものが、これに相当し液体浸炭窒化と呼ばれていました。シアンを用いるこの方法も、前述のシアン公害の問題から斜陽傾向にあります。しかしながら、ガスによる浸炭窒化の場合は、比較的焼入性の低い材料に適用でき、若干残留オーステナイトが生成し易いが、通常浸炭よりも低温で処理が可能なため、利用頻度が多くなってきています。この処理法は通常のガス浸炭性ガス雰囲気中に0.5〜1.0%のアンモニア(NH3)を添加し850℃前後の温度で行います。

(6)窒化処理

窒化処理は鋼の表面に活性化窒素(N)を浸透させて、表面を硬くする方法です。鋼の表面にNが入ると窒化物を作ります。この窒化物は非常に硬いため、処理状態で用います。したがって、浸炭のような焼入れ操作は必要としません。処理温度はA1変態点以下のα−Fe区域(510〜570℃)です。処理温度が低いため焼割れや焼ひずみの心配もありません。鋼中に入るNはアンモニアなどが熱分解してできた発生期のNが必要で、この窒素と親和力の強いAl、Cr、Moなどが鋼中に存在していることが重要です。特にCr、Moは不可欠成分です。JISで規定されているSACM645はAl、Cr、Moが含まれている窒化専用鋼です。もちろんSCMやSKDなども窒化処理を行って用いています。

表面に生成される窒素化合物は前述したFe2N、Fe2−3N、Fe4Nであり、白層と呼ばれている最表面の相はFe2−3Nです。いずれにしても、調質をしてから窒化処理をするのが基本です。なお、窒化防止にはSnめっき又はNiめっきなど行います、これをマスキングと云っています。

窒化硬化層深さには全硬化層深さと実用硬化層深さの二つがあります。全硬化層深さは測定が困難なため、母材の硬さよりも50HV高い、実用硬化層深さのほうが良く採用されています。

(7)ガス窒化(HNTG)

1923年、A.Fryによってアンモニアの分解ガスを用いたのが最初です。500〜550℃に加熱したアンモニア分解ガス中で、50〜150時間処理します。この時のアンモニアの分解率は30%前後にします。この処理によって深さ0.2〜0.3mm、1000〜1200HVの硬さが得られます。耐摩耗性、耐食性に優れた特性が得られますが、処理時間の長いのが欠点です。

(8)プラズマ窒化(イオン窒化)

窒化時間の長いのを補う目的で開発されたのがプラズマ窒化です。イオン窒化とも呼んでいます。この処理は低減圧の真空中により、放電によって行うガス窒化の一種です。図36に示すごとく、処理物を陰極、容器を陽極とし0.5〜10Torrの真空中で約500Vの電圧をかけ放電を行います。この時アンモニアを導入すると窒化が行われるのです。窒化時間は数時間で良く、ガスも節約でき公害もありません。また、処理温度は450〜570℃です。処理雰囲気には窒素と水素の混合ガスが多く用いられています。

(9)塩浴軟窒化 (HNTT)

塩浴軟窒化の代表的な処理はタフトライドです。この処理は青酸カリや炭酸カリなどをチタンるつぼに入れて溶融し、この中に空気を吹き込みながら処理を行う方法です。処理温度は570℃前後、時間は30〜240分程度、加熱後は油冷か水冷を行います。用いられる鋼はオールマイティと云っても過言ではない位全ての材料に適しています。ただ、シアンの問題があり、最近ではシアン公害をゼロにした処理も開発されています。ガス窒化やプラズマ窒化と大きく異なる点は、後述するガス軟窒化と同様に、窒素と炭素が同時に侵入し、炭窒化物が形成されることです。

(10)浸硫窒化

窒素と硫黄を同時に侵入拡散させる処理です。塩浴軟窒化性浴の中に硫黄化合物を添加し、窒素化合物と硫黄化合物を同時に鋼表面に生成させる方法です。この処理には高濃度のものと低濃度の処理があり、また、比較的低温で行う電解浸硫窒化処理も行われています。いずれの場合も耐摩耗性と耐焼付き性が改善されます。

(11)ガス軟窒化

軟窒化をガスによって行う方法で、公害は全くありません。この処理にはアンモニアガスと浸炭性ガスを混合して使う場合と、尿素を分解して用いる方法とがあります。

アンモニアガスと浸炭性ガスを1:1の割合で混合して用いる軟窒化は、ガス軟窒化の主流です。この他窒素ガスベースのものもあります。また、尿素の熱分解で生じたCOとNで軟窒化を行う方法もあります。処理温度や時間は他の軟窒化法と同じです。表面の白層がε窒化物(Fe2−3N)です。

(12)ボロナイジング(ほう化処理)

鋼の表面にFeB(約2000HV)、Fe2B(約1600HV)のボロン化合物を生成させ、これらの持つ高い硬さ値と非金属的物性によって耐摩耗性、耐焼付き性の改善を図る処理をボロナイジング又はほう化処理と呼んでいます。処理方法には固体、液体、気体の3通りがあります。いずれも日本では余り行われていませんが、ヨーロッパでは耐摩耗部品や金型類に汎用されています。最表面には処理方法と条件によって異なりますが、反応生成物としてFeB、Fe2Bが生成されます。耐摩耗性の観点からはFe2B単相の方が好ましいです。処理温度は1000℃前後の高温で行われるため、ひずみの発生があります。これらを考慮して処理することが大切です。

(13)炭化物被覆処理

炭化物被覆処理法にはPVD(物理的蒸着法)やCVD(化学的蒸着法)のようなドライコーティング、TRD(VC炭化物コーティング)のようなウエットコーティングの2通りがあります。いずれの場合も鋼表面に硬い炭化物あるいは窒化物を生成させる方法です。PVDやCVDには色々な方法があり、硬質皮膜もTiN、TiC、TiCN、TiAlNなど、また、硬質皮膜のみならず光学的、物理的皮膜が種々検討され、すでに実用化されている皮膜も少なくありません。また、TRDは表面に硬いVC炭化物を生成させるもので、すでに実用化され金型など広範囲で使用されています。この処理は、素地と炭化物層の相互拡散によって密着強さが高く、はく離を起こし難い特徴がありますが、高温処理のため大きなひずみが発生しやすく、この問題解決にはある程度の経験が必要です。なお、最近ではα区域の低温で炭窒化物被覆する方法も開発されています。

(14)水蒸気処理(ホモ処理)

鉄には一酸化鉄(FeO)、三酸化鉄(Fe2O3)、四酸化鉄(Fe3O4)の3種類の酸化鉄があります。FeOは白さび、Fe2O3は赤さび、Fe3O4は黒さびと云われています。Fe3O4は多孔質で硬く、耐食性に富んでいるので表面改質に利用されます。この膜を作るのには水蒸気を用います。赤さびが生じないように、加圧水蒸気を350〜400℃に予熱した後、500℃前後に加熱した過熱水蒸気を処理品に通じるとFe3O4膜ができます。温度が高すぎたり、時間が長すぎたりするとFe3O4はFe2O3に変化してしまいますので注意をして下さい。

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