第12章 "焼戻し"

(1)焼戻しについて

焼戻しとは焼入れ又は焼ならしを行った鋼について、硬さを減少させ粘さを増加させる目的で行う熱処理です。一般的に焼戻温度は粘さを目的とする構造用鋼などの場合は、400℃以上の温度で、また、硬さを必要とする場合には200℃前後の温度です。高温の場合を高温焼戻し又は調質、低温の場合は低温焼戻しと呼んでいます。なお、焼ならしの後に行う場合はノル・テンと云っています。いずれの場合も、

@A1変態点以下の温度で加熱します。

ASKD、SKH材を除き、高温焼戻しの場合は急冷、低温焼戻しは空冷です。

焼戻しは原則として、焼入れ直後に行います。焼入れ後長時間放置しておくと、置割れが発生する場合があるからです。焼戻保持時間は1時間程度を標準にしていますが、長時間1回行うことよりも、短時間で2〜3回繰返し行う方が効果的です。また、焼戻し温度においては、ぜい性を起こす温度があるから、注意をする必要があります。

・低温焼戻ぜい性=300〜400℃

 (鋼材特有な性質ですからこの温度では絶対に行ってはいけません)

・高温焼戻ぜい性=550〜650℃

 (空冷を行うと生じます。加熱温度から必ず急冷をしましょう)

(2)低温焼戻し

高い硬さと耐摩耗性が要求される工具類やゲージ類には、この低温焼戻しが行われなます。焼戻温度は150〜200℃であり、保持時間は1時間が原則です。低温焼戻しによって、硬くてもろい焼入マルテンサイトが、粘い焼戻マルテンサイトに変化します。また、焼入れによるストレスが除去でき、経年変化の防止、研磨割れの防止、耐摩耗性の向上などに役立ちます。

(3)高温焼戻し

高温焼戻しは強じん性が要求されるシャフト類、各種の歯車類、また、SKHやSKDなどの工具類に適用されます。強じん性を必要とする場合には、550〜650℃に1時間程度加熱し、高温焼戻ぜい性阻止のため急冷をします。得られる組織は約400℃焼戻しでトルースタイト、約600℃でソルバイト組織となります。いずれの場合も基本的にはフェライトとセメンタイトの混合相です。また、焼戻硬化用の戻し温度は500〜600℃で、冷却は空冷です。この処理によって、焼入れによって残っていたオーステナイト(残留オーステナイト)がマルテンサイトに変態します。したがって、急冷では焼割れと同じような割れを生ずる恐れがあるからです。1回目の焼戻しで残留オーステナイトをマルテン化させ、2回目で本来の意味の焼戻しと云うことになります。つまり、硬化用では必ず2回以上は行う必要があります。

なお、焼戻温度と長さの関係は、以下の3つの段階が考えられます。

【第1段階】:80〜160℃の範囲で収縮が起こります。これは正方晶のマルテンサイトの分解とFe2.3Cの析出が起こるためです。

【第2段階】:230〜280℃の範囲で起こる膨張です。これは残留オーステナイトが下部ベイナイトに分解する過程です。残留オーステナイトが存在しない鋼やサブゼロ処理した鋼には現れません。

【第3段階】:300℃位に現れる大きな収縮で、立方晶のフェライトとセメンタイトが出現するため、大きな収縮が起こります。また、一般的に硬さはセメンタイトが析出し、さらに凝集してくると低下する現象を示しますが、高速度鋼や合金鋼のような合金鋼は500〜600℃焼戻しにおいて上昇します。このようにある温度で硬さが上昇する現象を二次硬化現象と云っています。これは残留オーステナイトのマルテン化と複炭化物の析出によるものです。なお、高温焼戻しで硬さが低下する度合いを、焼戻し軟化抵抗が大きい、小さいと表現をしています。したがって、W形の硬さ曲線を示す高合金熱間金型用鋼などは、高温での軟化抵抗が大きいといえましょう。

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